託された鍵

「正人さんが亡くなったよ」
平成12年11月12日、時計の針が午前11時を回ったころ仕事中の私に、家内が後方から思いもかけない言葉をかけてきました。
一瞬、足元の力が抜ける今までに経験したことが無い感覚が起きました。
つい先日まであんなに元気だった人が……。

その後約1か月がたったある日、仕事を終えようとしていた私に再び家内が声をかけてきました。
「シーマを買う人が決まったんだって」
その瞬間、何か見えない力に背中を押されたように私の心が大きく動き出しました。
「俺がシーマを譲ってもらう」家族にそう言い残し苗実さん(正人さんの奥さん)のもとへ向かいました。
正人さんがシーマの給油、整備点検を依頼していたガソリンスタンドの19歳の少年に引き渡すつもりだったのですが、苗実さんに私の気持ちを伝えると、「あんたが乗ってくれるなんて何よりだよ」と言ってくれ私が引き継ぐということで内定いたしました。

その翌々日、ガソリンスタンドを訪ね店長の丹沢さんに内容を話したところ話の途中、丹沢さんが突然「小坂!シーマあきらめろ」といい、続けて「あんたが乗った方が社長(正人さん)も喜ぶ」といって途中までそろえかけていた書類を破棄し円満に話をまとめてくれました。

その後、一度苗実さんへの遺産相続を経て私の名義となり、実質2人目のオーナーとなりました。

旅立つ時近しい人に感謝の言葉を伝え、最後に聞き取れた正人さんの肉声が「シーマありがとう」だったそうです。

子供のころから面倒を見てもらっていた正人さん。
今後も到底この車を私以外の人に渡せるはずがありません。

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